2009-03-13

ドライorウェット

ドライorウェット

上司が「自分はドライである。スーパードライ」とアピールしている様子だが

正直、ウェット感が結構あると思う。

逆に僕の場合はクールと思われがちだがドライなだけで、そんなかっこいいもんじゃない。

ウェットさが足りないときがありそうなのだが、たまにはそんな時もあるが

判断基準がドライなので変わりないのかもいしれない。

上司は僕の直属の上司であり、昔は同じ現場で共にと言っては失礼かもしれないが助け合った仲でもあるのだと言ってくれている。

だから、余計な事を知っているくらい理解しているつもりだが

彼はウェット感が大きい。

ただ、ドライとウェットの使い分けというところではうまくやっているような気がするのだけども・・・

当人としてはもう立場が立場であることもありドライ感をアピールし認識してもらいたいのかもしれないなぁ。

無闇にウェットな対応が露骨になってしまっている上層部の方がいるからこそ

余計にそうなっているのかもしれないという様々な要素が考えられるのだけども

他人の印象というのはワリと変わらないもんで

悪いものや根が深いものに関しては特にだ。

上司の場合、長くウェット感の印象があるためなかなか難しいのかもしれぬ。

そんな私は、ドライはドライのままで、たまに冷たいなんて言われるのも

なんのそのですがここに来て遅刻がすごく増えてしまい

どうしたもんかと本人も考えているところです。

どうにか失くさねばと少しずつであるのですががんばっているところ。

遅刻も信用をなくす要因になりますので気をつけなければいけないなぁと

何か言われているかどうかはわからないけども言わない人がいないわけない。

きっと職場がイヤだったり、プレッシャーに負けそうになったりするのは

本人も自覚している理由だし、疲れがまったく取れないのも原因かも。

それも精神的な疲れが。

リフレッシュもちょっとしたもんじゃ足りないのかもしれないし

なんか気分転換を思いっきりできればいいのかもしれないが

そうもいかないという軽く病気じゃないかと思う。

自分でも職場に出てきているだけマシと変な理由を作っていた。

自分に対してウェットであると判明したいま

ちょっとドラスティックになって遅刻をなくさなきゃと

日々努力しようとしているところなのです。

とりあえず朝シャワー浴びるようなことをするのはやめようかな。

あと、バスやめよ

とにかく遅刻やめよう自分にもドラスティックに

2009-03-06

自分の中の矛盾と葛藤

自分の中に矛盾を感じる事なんて人なんだから多々あると思うんだけども

それって人に少なからず影響を与えてしまうことであったり

人前でやることによって責任の比重もあることだったりすると

それを行う自分の姿が虚像の様になり、説得力のないものになってしまうように

強く感じてしまって怖くなり何よりも自分に嘘をついているようで資格なし!と

思ってしまっているから矛盾を感じてしまい思い悩み壁を壊しきれない

なーんてこともあると思うんだ。

いま、彼はそんな悩みを抱えていて、いままでとは違う責任感を強く感じてしまい

いままで責任なんて誰かが取ってくれると思っていたようなことも自分に圧し掛かってくるって実感がすごいと思うんだ。

オイラが人前に出て講義をしたりしない理由というのは

もちろん、ネタが思い浮かばないなんてことやまとめられない、時間が無いなんて

ちゃんとした理由?ってのもあるんだけども

彼と同様に、人前に堂々と出て講釈するなんてことが現場での自分と矛盾を感じ

てしまうなんてことが一番辛いことだと思うんだ。

それは実はいまの立場の仕事をしていても常日頃から感じることでもあるし

人前に立つってことはもっともっとその矛盾と戦うことだってのが酷くわかるから

だから彼の気持ちもわからないでもないんだ。

ただ、彼はそれを直前で断るという荒業をやってしまった。

ビジネスや社会においてドタキャンは単なる迷惑にしかならない。

どんなにギリギリまでがんばったとしても、その姿をクライアントや社内の人間が

見ていたとしても、それって関係なくてその日の予定を狂わせ、穴をあけては

意味の無い、結果の無いことになり信用を失うことになってしまう厳しい世界。

今回、社内だから、フォローしてくれる人がいたってことは

彼にとってやり直しがきくって部分でも幸せなこと。

まだ次があると思えるのだ。

彼にはこれが伝わっているだろうか?

涙した様子だったということなので

これ以上言うまいと手を差し伸べて次に自力で踏み出せるようにしたつもり

なんだけども・・・

矛盾をどうやって自分の中で解消して

他者からの目と言う部分でも解消する方法はあるはずなんだ。

それは自分がどのようにしたら納得できるかっていう方法や

話し方やスタンスをいつか見つけられるはずなんだ。

これは、ごまかしとは違っていて、

ケジメというか・・・覚悟のようなものなんだ。

そうやって穴を埋めていくといいんだと思うよ。

がんばれ青年といったところでしょうか。

2009-02-22

個人の資質の問題だってさ

何度も繰り返されるミスが露見するのだけども

現場に自覚がないのかと全体的に考えていたが

ある程度切り離して個人の資質というところまでのレベルで考えないと

ダメそうである。

これだけ基本を大切に、ちゃんと仕事しろ、もう契約切られるかもなんて言っているのにいまだに正規のフローすら守らず手を抜いてしまう人だっている。

「いつも貸してるからいい」と言って確認を怠ったり

基本に忠実であろうとしない

ただ疲れているだけでは片付けられない事案ばかり

あんたら仕事なくなるぞ?

このご時勢、そんなんじゃ仕事していけないぞ?

本当にどうゆーつもりなのか呆れてしまう。

責任者ラインばかりが凹んで現場はワリと他人事。

さっさと個人面談を全員にしてやりたい

じゃないと直面しないのだ。

あー腹立たしい。

2009-02-10

逆チョコって・・・

ヴァンプ様

逆チョコが流行の兆し・・・
今日、たまたまチョコレートをもっていたから
職場の女性2名にチョコ(小さい奴)を挙げたら
「おおっ!逆チョコだぁ!」と喜びやがって
案外、女子も嬉しいらしいのだ。
でも、「じゃあ、お返しよこせ」なんてチロルチョコよりチョコ一つで言う訳もないのですが・・・
この時期、下手に手元にあるチョコを手渡すのも面倒なことになりました。
うちの女子たちの話によると
来館した男子高校生から「逆チョコあげたいんですけど・・・どんなチョコがいいですかね?」みたいな質問だったり、チョコ売り場を聞いてきたりとなんとも切実らしく、若い男子は結構ウェルカムらしいのだ。
なんでだろう?
お返しもらえるからか?
待つという感覚というか地獄を味合わなくていいからか?w
なんともひ弱な精神じゃないか。
というか
もう30歳の看板も近くに見え始めているオイラからすれば
直前まで忘れているか
職業柄どうしてもたまに目にするくらいで
どーでもいいし、もらえるもらえないの話も冗談でもあまりしないのだ
逆に彼氏彼女がいる人に「バレンタインって律儀にやってんの?」と
なぜか確認作業になってしまうくらいだ。
いままでの経験だと
あまり相手から貰った覚えがないというか
だから貰った時は余計に記憶に残るというか・・・
付き合い始めは必ずいただけていたですよ。
でも2年目となると
彼女が作ったり、買ってきたりしたのに
彼女が食してしまったり
オイラが仕事だからと「じゃあ、食べちゃうね」と言って
結局は彼女の胃袋へと消えていくのだった。
だから別にホワイトデーもあまり気にしない。
あぁ、いまの職場だとちょっと気にするかなぁ
女性陣が案外気を使って「これみなさんで」とか言って
チョコやらお菓子を沢山いれたカゴを持ってくるから
じゃあ、みんなでお返ししなきゃねとカンパして
お返しするという
貰って、差し上げてみたいな一種のイベント。
バレンタイン自体が、チョコを売るメーカーの戦略なのだろうけど
まさか逆チョコという世の中の若い男子を魅了する戦略を思いつくとわ・・・学生どもの財布事情が心配でしょうがないし、
自分には到底関係のないものだという認識しかないw
女性も案外「バレンタインめんどくせぇー」とか思ってて
逆チョコなんて商戦はウェルカム、カモーンな感じで
若年層からしてみれば双方利害一致したことなのかもしれませんが
20代後半以降の人たちはあまり利害一致してないかもしれないんだ。
なんか、逆チョコ程度というかバレンタインでここまで長い文章を書ける自分もなんだか情けないのだけども
情けないついでに、なぜかうちの女子にバレンタインについて
軽く説教をして諭してしまったので書いて終わりに。
その女子が昨年のバレンタインに彼氏に渡したのだけども
お返しがなかった、ドー思う!?だから今年はどうしようかと思って
みたいなことを言うもんだから
そもそも俺はあまり気にしないが
そもそもお返しが欲しいから君はチョコを彼氏にあげるのか?
それじゃぁ、誕生日にプレゼント挙げるのも自分の誕生日に何かもらうために挙げてるみたいな違和感を感じるぞ?
違うでしょ?愛情表現であるのであれば、別にお返しなんてなくてもいいのだよ。まぁ、貰ったらお返しするってのも当然である理由も同じなわけだけども、愛情表現ってのを忘れてもらってはこまる。
なんて軽く説教。あほか。
なんか軽く暑苦しい感じでしたのでちょっと恥ずかしいです。。。
だから、ヴァレンタインなんてなくていいのにとちょっと思います。
目的見えなくなる人多いんだもん。(チョコ食べたくても買いづらいし)
では
皆さん、よいヴァレンタインを。
最後まで読んだ人、読んでくれてありがとう。駄文ですみません。
オイラ、ヴァレンタインに歯医者言ってくるwwww

2009-02-06

5年後を眺めてみる

5年後は楽しみだねお互いに

そんな言葉を伝え合った二人。

1,2年後は怖い。

でも5年後だと互いに何かが変わっていて

その変化を楽しむ余裕があるのではないかということ。

どんな風になっているだろうか?

あの人はいまと変わらずしっかり歩いて

自分のやりたい事に向かって進んでいるのだろう

1人かもしれないし、誰かと一緒なのかもしれない。

それは言ってくれないんだろうなw

僕は、あの人が言うには

「まだ若いのに」と言われるポジションにいて

バリバリ仕事してんじゃないかって言っていた。

どうだろうか?

なんて言ったら「なんでそう悲観的なんだ、約束されているようなもんだ」的な

そんなことを言われた。

「その頃には自信がついて、仕事がおもしろくなっているかもね」だって。

わからないけど

上がっているにしろ、落ちているにしろ

逢ってみるのはいいかもしれない。

その間に連絡とっているのかどうかはわからないけども

連絡とっていなかったとしても連絡してみよう。

そんな楽しみがあってもいいと思った。

2009-02-02

2月

咲いた

さよなら

将来を見つめる事ができず語ることもなく理想すら語らず

相手に伝える事をどこかに置き去りにしたまま

2年という月日を共にしてきて

不安ばかりを与えていてのかもしれない。

彼女は将来を見つめようとしていたのに

僕はなぜか将来を感じる事が泣く

浮いて宙に消えることばを眺めているばかりだった。

もっと時間が欲しかった

時間はまってくれない

勝手に過ぎていって待ってくれない。

言葉や文面、目に見えるものではなく

感じたもの、僕自身が感じた限りでは

まだ早いと思ってしまった。

でも、将来を語ることがなかったのは

なぜだかわからない。

怖かったのだうか?

冬も終わり告げようかという時に

お互いがどうしていいのかわからずに

結局は、ちょっとしたものがきっかけで

終わりを感じる事になってしまった。

将来を口にすることが怖い

いつからこんなことを思うようになったのだろう

仕事でもプライベートでも

すべてに於いて将来を語らず

ただ今を生きる

それが繋がると

こんなんで人がついてい来る?

楽しいだけでは

補えないし一緒にいれないのだ

人と人のツナガリはどうやったら強くなっていくのだろうか?

一緒にいる事をもっと感じることが

そして感じさせる事が自然にできていればよいのだろうな・・・

2月はまだ寒い。

息はまだ白いし

手もかじかむ

2009-02-01

KUROYUME THE END

1233122966

行って来ました。黒夢LAST LIVE

登場SE
Diary of a madman(Ozzy Osbourne)
M01 FAKE STAR
M02 SPOON&CAFFEINE
M03 BARTER
M04 MIND BREAKER
M05 CAN'T SEE YARD
M06 BAD SPEED PLAY
M07 CANDY(清春痛恨のミスのため中盤で初めからやり直し)
M08 人時ソロ
M09 MASTURBATING SMILE
M10 FASTER BEAT
M11 HELLO,CP ISOLATION
M12 YA-YA-YA!
M13 ROCK'N'ROLL
M14 C.Y.HEAD
メンバー紹介
M15 Suck me!
M16 後遺症-after effect-
M17 LAST PLEASIRE
EN1 HATE(SADS)
EN2 See A Pink Thin Cellophane(SADS)
EN3 S.O.S
EN4 カマキリ
EN5 Sick
EN6 LIKE A ANGEL
終演SE last caress/green hell(metallica)

Diary~をSEにつかって登場はすんげー興奮したしかっこよかった。

それまでのBGMもオジーなどのメタル曲ばかりだったから

もう言うまでも無くメタリックなアレンジされた曲ばかりが演奏されることは

だれもが予想できるというもの。

実際にヘヴィでゴリゴリとしたアレンジが多く

K-A-Zが7弦を駆使して繰り出すピッキングハーモニクスがまたハマル。

彼のスタジオ録音は音が潰れていて粒が粗い感じがするけども

ライブになると途端に映えるし素晴らしい演奏であったことは

彼のファンになるには素晴らしい発見だったかも。

ローディーにギター渡す時にギターを投げて渡すところは是非DVDに入れておいてほしい。あれはまさにメタラーっぽいし男らしいw

さて、曲はおなじみのFAKESTARで始まったわけだけども

この曲はリフ自体がメタルっぽいので変化は分からず。

2曲目からがかなりゴリゴリしていて重圧なサウンドでアレンジが目立ち

MIND BREAKERはアレンジが想像できたものの

ピッキングハーモニクスが織り交ぜられたヘヴィなリフにより

さらに重く生まれ変わったこの曲は本当にかっこよかった。

その他にも、清春が間違えてやり直したCANDYもメタル感が強いものに変化していたし、BAD~やLAST~などはハードコアなアレンジになって

バックサウンドが聞き取れないほどだった。

とにかくメタリック

ファンとしても理想の変化を遂げた黒夢は最高だった。

SADSのカバーも

もしいままで黒夢が続いていたら・・・ということで演奏されたが

はまりすぎて、そしてこの演奏が一番まとまりがあっただけに

すごく満足してしまった。

あと終わった後になぜか

ソロの清春サウンドが恋しくなったのは

自分の中でも黒夢は過去のもので

今を求めるからこそ清春のソロなんだろうなと思う。

2月FC限定はいけないけども

3月以降にライブがあるならまた行きたいなと思う。

2009-01-29

MEDLEY

medley反転

清春の「MEDLEY」を購入。

昨年は清春さんとは非常に縁があり

ライブも多く観ることができたし会場によってはかなり近いところで

ソロの清春を感じる事ができました。

トークライブの10名枠にも入ることができて物凄く狭い空間で2曲も生歌を聴けて

これは自分の中でもかなりの自慢話になってしまうのではないかなぁと思っています。

清春との出会いは黒夢の「FOR DEAR」でした。

メジャーデビューシングル。

学校の給食の時間に流れたのがきっかけで知ることが出来た曲。

その時は中学生だからCDなんてなかなか買えなかったので

聴きたくても聴けないもどかしさに悶々としておりました。

そして、黒夢のCDSを始めて買ったのが「優しい悲劇」

この曲にはまり、なんて切ない悲劇を歌う人だろうと思ったのだ。

そこから黒夢にはまってアルバムも購入。

アルバムごとにスタイルもジャンルも変わるバンドはつかみどころがなく

でも清春という人はしっかりとそこに足を地に着けて立っていてという不思議な

魅力に捉われ、ついにはパンク・ハードコアにたどり着いた時に絶頂的な魅力を感じざる得なかったのであります。

当時の思い出だとも曲と共に蘇る僕としては

このセルフカバーアルバムは懐かしさや思い出を振り返るのと同時に

今の自分に当てはめて聴いてみたりとかもして

なんだか時の流れや不変的なものだったり

人生を感じてしまうってのもあって身近に感じるのであります。

初めて黒夢のライブを経験して

あれからもう11年も経つってのも驚きですけどね・・・

その年に無期限の活動停止になったのはかなりショックでしたw

ショックでSADSにはまることができず

後追いではまったりしちゃいました。

ソロになってからは再び清春という人の一番今に近い形に

また自分を当てはめられたり共感できたり感動したりできて

今の清春も知っているから今も感じれるのかも?

さて、そんな混在したものを今日は武道館でまた違った形で感じてくる。

黒夢THE END

一夜限りの復活と解散が同時にやってくる。

バースデーライブで本人の口から聴いた時は

単純に嬉しかった。

「また聴ける!黒夢として!」ただそれだけ。

解散ということはどーでもよかった。

そして、明らかに新しい、今の黒夢が見れるからだ。

幸い、LUNA SEAの復活ライブもX JAPANの復活ライブも

新しいものを感じていた僕からしてみれば

復活ライブに嫌悪感はないのだけども

さらに入れば今の清春を感じてきたからこそ

きっと期待してしまい、かっこよくなると妄想してしまったから

喜んだのだろう。

しかも、かなりメタリックになるっていうし、メンバーもK-A-Zがいる時点で

もう沸点があがる。

思いっきり楽しんでこようと思う。

ネックなのは

仕事に欠員がでてしまいライブの後に仕事に行かなければいけないのと

そのためにスーツで参戦ということだ。

こんなの初めてだよぅ・・・

2009-01-28

( ´ノω`)コッソリ再開

どうもどうもって言っても誰も見ていないであろうこのブログ

以前、アメブロに移設したのだけども

どうも誰かに教えてしまうとその瞬間に思った事を箇条書きにしてしまい

人を傷つけてしまったり勘違いさせたり

伝えなくていいことを伝えてしまったりと

うまくいかないことが多いので

こちらにて|゚Д゚)))コソーリ自分の捌け口として再開しようかと。

誰かがたまたま見ることがあったりするのかもしれないですけども

それはそれ。

リアルでは誰も知らないというところで

それでいいかなぁと思ったりします。

自分のための日記であり独り言でありですから

誰かに見て欲しいわけではなく

自分の中身の確認ですから。

もしここを見ちゃった方、見ても構いませんが

あまり面白くないかもです。よろしくどうぞぅ

2008-06-20

思い立ったら吉日

2008y06m20d_162223484

なんだかbloggerの自由さも素敵なんだけども

判りづらいという部分ではオイラには自由すぎたし

自由=ハイレベルという点で言えばやっぱ不自由さを感じざる得ない。

デザイン的にはシンプルだしヘッダーもいじれていいのだけども

判りやすいCSSのアメブロは以前から登録していたし

ちょっとそっちに引越ししませうということに。

なんだかおちつきねーなーなんて思うのでしょうか

でも引越しです。

心境の変化かもしれませんが、

いままで遊びにいかせていただいているブログ様へは

変わらずリンクして遊びにいきたいと思っていますので

今後ともよろしくどうぞ。

あ いないかもですけど

読者様もいらっしゃった今後とも気まぐれなブログをどうぞよろしくん

ハスキーフェイス(verアメブロ)

↑リンク修正しました^^;ごめんなさい

んじゃね

ラスト・フレンズ

2008y06m20d_110307375

昨日、ついに最終回を迎えた「ラスト・フレンズ」

最後の最後は幸せをアピールして、永遠の友達を演出して

理解し合えた者同士が友達以上でも以下でもない関係を継続しながら

一緒に生活をしていくことで最後を迎えるのでした。

なんとも衝撃的な内容だっただけに

最後の衝撃というものは宗佑の自殺と手紙に書かれた

「愛し方がわからない」と言った謝罪の手紙だったりするのだった。

ていうかそれだけだったのである。

その後というのは幸せになるための道を淡々と進むのみで

みなが理解しあうまでの過程を簡単に描いたのみで

なんとも平凡な終わり方だったかも。

確かに、救いがなければただのダークなドラマか、ホラーなものになり

エンターテイメント性ばかりが強くなってしまうのだけど

結局何が納得いかないのかってのは

きっと最後に3人(タケル・ミチル・ルカ)、あと子供の4人で暮らす事になった

そういう点だろう。

タケルとルカが夫婦みたいに信頼関係を気付けていて

ルカが女性的な安心感をタケルに抱いているのに

そこがくっついてしまうとミチルが子供と二人で生きていくことになる

それだとミチルに救いがないってことだろうか?

でも、それって一緒に生活しなくても

どうにかなる話で、絆なんて切れはしない

3人で暮らす事が果たして本当に3人にとって必要で

これからもよいことだったのだろうか?

穴を埋める

それだけのような気もする。

それぞれが自立することなく

なんだか、今の若者の弱さとドラマを通して描いたことは

成功しているのかもしれない。

DVは性同一性障害や自分の心だけでは補うのは難しい

問題を抱えていたとしても

やはり今を生きる若者や中年を手前にしている大人の

弱さを表していたとしか・・・思えないな・・・

DVなんて昔で言えば非日常的なものだけども

いまは私の彼女も含めて、過去にそのような体験をしていたり

他にも友人や知人にもたくさんいるのだ。

そして、彼女たちはこのドラマに出てくるミチルのように

いつか治るのではないか、彼の気持ちは誰よりもわかるから

と理解ができるだけに・・・同じような行動をしてしまい

人によっては別れることもできるのだけども

辛い思いをしている人もいるのは事実。

なんだか、現代の闇に陽を当てたことはすばらしいのかな?

捉え方によってはDVを肯定するというか

まずい方向にシフトさせかねない描き方でもあるから

なんともいえないな・・・

宗佑の手紙の内容は・・・衝撃的だったし

オグリンが「死ぬなんて解決方法は間違ってる」と

えらくマトモなことを言っていて共感しましたが

ルカがいう「死に方も含めて卑怯だ」と言うのも頷ける

何が正しいかもわからないが

何にしても「死を選ぶ」ということは

絶対に良くないってことなんだろうな。

最終回はどーも幸せいっぱいすぎて微妙だったけども

よいドラマでした。ありがとうございました。

2008-06-17

社交辞令のお褒めなぞいらない

自分のチームがうまくいってない

改善点なんて山ほどあるのに

ちゃんとやってるとかその他もろもろ褒められたとしても

おべっかのように聞こえ

失礼極まりないが社交辞令のように捉えて姉妹勝ち

しまいがち

別に悪くない、褒めていただいている。わかっている。

なんだか身に染みないのだ。決してMではない。

指摘が欲しい、しかるべき道が欲しい、けど何かしてほしいわけではない。

ただのわがままなのかもしれない。

もっと自分に問題があって、

それでうまくいっていないしやり方もまずいのだろうと思うのだけども

「偉くなったねー」「立派になったね」とか

そんなのいまは必要としていないのだ。

人と対話しなければいけなかったり

素晴らしい人とお話できる機会をもらったりしても

タイムリーなものしか身に染みず

ためになる話もためにならず

自分のレベルに併せた消化をできないのは

偏屈さを自分自身に感じてしまったり感じなかったり。

とにかく疲れる。それだけなのかも。

2008-06-10

休まる事の無い時間を過ごして

冷製パスタ明太エビプリ

 

朝に勤務を終えて帰宅。

また夜から仕事だったから、睡眠を取って出勤前に余裕を持って起き

シャワー浴びてまた出勤

これが理想だったのだけども・・・

結局は仕事のくだらない確認のメールだったり

(まぁ・・・先を見越していっておけばよかったのだけど・・・)

いまさらな話をメールで確認受けたりだとか

そんなこんなで結局はしっかりと眠る事もできずに

余裕を持って起きてしまったわけでした。

正味2時間寝れてれば良い感じ。

シャワー浴びて

今日はタパスタパスで安上がりな晩御飯をいただくことにした。

もうそんな季節ですか

というか全然寒いくらいなのに

冷製パスタはじめましたと夏を感じさせる文字が。

それにつられて、いつもはカルボナーラなんて

重たい物を定番で頼むのに

なぜか気分を変えたくて冷製明太甘エビプリパスタを頼んだ。

オクラと甘エビと水菜・そして明太ソースであえた

細いパスタ。

なんだか海の香りと青臭い感じが混ざり

いつもダイナミックな味ばかりを味わっているせいか

僅かな清涼感と共に抵抗感も味わう。

不味くないけどなんだかなーと言った感じ。

トマトにしとけばよかった。

(トマト系の冷やしパスタもありました)

プライベートではどうすることもできないというか

できないんだな・・・そんな問題を抱えていて

うまくいっていないこともあり

何も考えないようにしているのだけども

どうしても考えてしまう・・・仕方ない。

パスタもイマイチで

仕方ない感じで出勤するのだけども

豊洲についたら雨がどばーっと降っている。

こんなんだったら傘もってくるんだった。

結局、コンビニで傘を買うという余計な出費。

アホ草

あぁ、今日もぺいんです。

ぺいん

2008-06-08

28週後・・・をみた

museの曲が予告で流れていたのも会ったし

この監督がすきなのもあるし

前作も好きだったのもあるから

見てみたんだけども

もう少しあの兵隊さんのカットも明確にしてほしかったというか・・・

予告でははっきりウィンクしているシーンがあるのに

映画では暗いし一瞬すぎて見えんわ!

と思いました。

内容的には

悪くないです。

残酷描写もすごいし

背徳感もあり

家族の絆もあるってとこかな。

あの子供の暗さと明るさのバランスが非常によい。

あと

こーゆー映画に欠かせないすぐパニくってとんでもない行動してピンチにしちゃうやつ

いつ見ててもこいつ死ねばいいのにと思ってしまうwww

まぁ、スタイリッシュな映画ってわけでもなくって

普通のゾンビ物の映画って感じになってました。

2008-05-30

無力だなぁ

tunagari

昨日は彼女と食事。

22時30分くらいから食事しながら会話していたのですが・・・

なんだか最近、どう?みたいな話になり

自然と仕事の悩みの話に。

彼女の仕事の事について、なんだかどこか説教ぽくもなり

彼女のいままでのことが至らなかったというような

そんな伝え方になっていたような気がする私(いま思えば)

結局、彼女は唸ってしまって

余計に悩ませてしまったのかもしれないが

帰宅途中で彼女は何故か涙が出てきてしまい

ずっと涙が止まらない状態に。

本人も泣きたいわけではないってのはわかっているが・・・

きっと何か作用したに違いないのだ

きつい事も言ってしまったような気がするし

心配だったのもあるし

でも、横になっても涙している彼女の傍にいて手を握ることしかできず

なんだか無力さしか感じなかったのであった。

せつない

ぺいん

2008-05-26

ジョン・ランボー

2008y05m26d_010252421

ランボー最後の戦いを観て来た。

公開二日目に観に行くってどんだけ楽しみにしてんだって

話だけども、同年代の部下ともたまたま休みが合って、

息抜きに観に行こうということになったのだ。

さて、ロッキーはスタローンのサクセスストーリーを過剰にも

感動的に熱く語られ、ファイナルではこれまた感動的に復活し

最後も非常にロッキーらしく、復活とともに良い最後を飾ったのだけども

ランボーは・・・

そうだなぁ、やっぱあの「無敵のヒーロー」像を完璧に求めて

劇場に足を運ぶと良くないかもしれない。

いままでランボーってエンターテイメント性も非常によかったけども

提示している問題や戦争背景って非常にデリカシーな部分を

扱ってきたわけですよ。

そして今回はビルマー(ミャンマー)が舞台。

内戦が続き、虐殺がいまでも繰り広げられている地帯でのお話なだけに

ニュース映像や虐殺シーンは壮絶だしリアル。

そして、戦闘シーンも非常にリアルで残虐映像満載なことが

ある意味、ランボーという映画の社会的な側面が強く強調されたもので

そうであろうとしすぎたために、残虐映画になってしまっていたwwww

でもね・・・

事実は伝わったと思うんだ。

あんなことが今も起きているんだってことがね。

でも・・・

ランボーのめちゃくちゃさが一緒に伝わっているのはなんだかなーとwww

戦闘シーンもリアルすぎて

機関砲でトラック撃ちまくるランボー

次に映るのは荷台にいた兵士どもの飛び散る血とミンチ状態の肉片

足は吹っ飛ぶし、胸に穴が空く

首チョンパ当たり前

最新の武器を使うスナイパーは準主役級の活躍をして

その銃の威力は現代のスナイパーは非常に恐ろしいのだなと

痛感するほど

だって頭に当たったら首ごと持ってかれる仕様なんだもの

音も砲撃みたいな音するしw

とにかくリアルランボーと言わざるを得ず

ヒーロー像を求めてしまった私たちは

なんだかわだかまりというか(*´Д`)スキーリ感がないまま劇場を後にしたのでしたw

どちらかというと

私も大好きな1のハード仕様といった感じか。

1のランボーの最後の嘆きは聞いてて胸が痛くなるよね。

原点回帰なんでしょうか?

他の国では

ランボーは「自由と抵抗のシンボル」なんだってさ。

わからないでもない。

どんなに過剰に演出されていたとしても

あのランボーの国を超えた存在がよかったのだ

たとえアメリカ人であったとしても。

彼は国を愛するが、一個人だった。

この映画を「結局、アメリカびいきだ」なんて言う人もいるだろうが

そうではないだろうなと思うのだった。

だって、ランボー個人の問題の解決であり

この映画ではアメリカの代表ではなかったのだから。

うーん、お勧めかと言われれば・・・

ちょっと気持ち切り替えてみてねと忠告つきでお勧めなのであったぁ

いじょぅ

2008-05-18

繋がりんぐ

tyaduke

人はどこで繋がりを感じるかわからない。

いまテレビで恋愛できない男性っての特集?を「隣人の風景」ってので

やってるんだけど・・・結局過去の女を忘れられなくて・・・前を向いていかなきゃ

と言っているけど新しい恋をして忘れようとしているんだって

出会いパーティーとかいってんの。

そんで元カノが結婚するなんてことがわかると泣いてんの。

ふんぎりつけられてない。

そんなんじゃ次の恋なんて無理に決まってんじゃんw

なんて思いながら久々にテレビをみてました。

それも繋がりあってこそで元カノから結婚のことが知らされるのですか?

写真は秋葉で食べた茶漬け。

無性に茶漬け食べたくなって覗いてみたら

高菜明太茶漬け発見。

斜め前で騒ぐ女子高生を尻目にがっついてるときは

故郷の味を思い出しました。

これも故郷との繋がりですよね?

HMVでポイントたまった

2008y05m18d_072214761

豊洲のHMVをよくご利用させていただきますが

その度に、「ポイントカードの登録がお済でないようですので・・・早急にお済ませ下さい」なんて言われていた。

正直、ほっといてくれって思ってたんだけども、ついこないだ「期限が切れてしまうポイントもありますので・・・お早めに・・・」なんて言われてしまい

こりゃいかんと思い、途中で終わっていたポイントカード登録を実施。

以前も断念したカードナンバー入力やらをやっと理解し登録完了。ふぅ・・・

すると6000円分も使用できるポイントが!

こりゃCD買うしかネ━━━━(゚д゚;)━━━━!!

なんて思っちゃって、期限切れになりそうなポイントが16ポイントとか言ってるから

焦って宇多田ヒカルのheartstationを購入。

すると配送料だけの支払いでCD代は0円にwwwww

それにしても宇多田・・・なぜ「ぼくはくま」をアルバムにいれたんだ・・・

いれなくてもいいじゃんそれ・・・

ブログ拝見しております、宇多田っち。

shrinking universe

周囲は言葉尻を捉えて

本人は伝えるべき部分は伝えていたって事実は

結局は本人からも聞いて完結した話。

出来るだけ一方的な思い込みはなしにと思っていたのに

いざとなったらそれがあって途中までちぐはぐに。

ただ、互いに確認ができてよかったのかも。

まるで自分が小さく縮んでしまっているかのように

狭さを感じてしまう。

そこが歯がゆかったり悔しかったりなんだか

もっとうまくできただろうにと自分に問い掛けが多かったり。

コレってゆー手本とかマニュアルのないものだから仕方ない。

コミュニケーションの中で消化していくしかないのだ。

あとは本人の気持ち次第。

それにしても

この立場になって辞めるかもなんて話をよく聞く事になるのは

いつになっても胃が痛いもんだ。

以前もそうだったけど

状況である

自分が悪いってわけではないのがせめてもの救いか?

うーむ・・・(・_・;)

2008-05-14

冷静で鈍感

彼女といると

自分とは違って感性が敏感なことに気付かされて

自分の鈍感さに気付く。

それが悪いこととか嫌だってわけではなくて

あ 俺にはこれが足りないっていつも思うかな。

負担ではない。

どこか冷めたところで物事を見つめていて

頭で目の前のものを見つめてしまい

情報として取り入れている・・・みんなは難しいというかもしれないが

実はとても単純なことで

感じることは微々たるものになっているような気がしたりする

なんだかね

昔、感動して涙するとか

哀しくて涙するとか

人の死に直面しても泣けなくて

泣ける要素がなくて

自分は無感動な人間なんだって思ってたことが

ずーっとあって

そうじゃなくなったのなんて

成人して暫くしてからなんだと思う。

人は裏切るもので

信用なんてできなくて

そのくせ寂しがりやで

自分も必要としなければいけないことも嫌だったのかも

逆にそうならないでおこうと思って

配慮しているつもりが格好ばかりで

結局は自分が嫌な人間像に近づいているばかり。

妄想の世界や創造の世界、画面の向こう側ばかりをみて

本質に気付かなけてない自分

いまでもその名残があるのかもしれない。

人に優しくする事でしか自分の価値を決められない

何か与えるとか

自分に果たしてできているのだろうか

それにしても首が痛い。